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小学生が『5秒』で解く「14 × 16 = □ ?」、あなたは何秒で解けますか?

2023.07.04

小学生が『5秒』で解く「14 × 16 = □ ?」

今、次の「算数の参考書」が子どもから大人まで幅広い世代で「大ヒット」しています。

小杉拓也(2022)『小学生がたった1日で19×19までかんぺきに暗算できる本』ダイヤモンド社、2022年12月7日。

ダイヤモンド社(東京都渋谷区)によれば、5万部売れればヒットとみなされる時代にあって、昨年2022年12月7日の発売から約1か月半で発行部数が11万部を突破。現在、発売から約5ヶ月(2023年6月1日時点)で41万部を超えているそうです(『ほんのひきだし』編集部)。

普通、小学生は「九九」(くく)までは簡単に暗算できます。しかし、この本を読めば、「2ケタ」の「11×11」から「19×19」までの「かけ算」も、著者の小杉氏が開発した『おみやげ算』という手法で、「5秒」で解くことが可能です。小学生や保護者の方だけでなく、自分のために買うビジネスパーソンもいて、「脳トレや頭の体操になる」と、幅広い世代に好評を博しているとのこと。

  読者「小3の息子があっという間に計算できるようになりました」

ダイヤモンド社が公表している「読者から寄せられた感想」のいくつかをあげておきましょう。

「小3の息子があっという間に計算できるようになりました。タイトルの『1日で』に嘘偽りなし!」「すばらしい算数の入門書です。こんな授業なら子供たちは飽きずに参加できると思います」「大人の頭の体操にも効果的です。自分のために買いましたが、とにかく楽しい本でした」

この本の著者、小杉拓也(こすぎ たくや)氏のプロフィールを紹介しましょう。「東京大学経済学部卒。プロ算数講師。志進ゼミナール塾長。プロ家庭教師、SAPIXグループの個別指導塾の塾講師など20年以上の豊富な指導経験があり、常にキャンセル待ちの出る人気講師として活躍中。算数が苦手な生徒の偏差値を45から65に上げて第一志望校に合格させるなど、着実に学力を伸ばす指導に定評がある。暗算法の開発や研究にも力を入れている。」(『DIAMOND online』からの抜粋)。

 『おみやげ算』が伝えるポジティブでシンプルなイメージ!

ここで、この本のヒットから読み取れる主な成功要因をまとめておきましょう。

第1の要因は、理解すれば小学生でも「5秒」で解ける「とてもシンプルなアルゴリズム」(Algorithm:計算手順)であるところです。「アルゴリズム」という言葉は、人工知能(AI)やソーシャルメディア(SNS)の分野でよく出てきます。特定の課題を解決するための計算手順や処理手順のこと。その手順に従えば、誰がやっても同じ答え(結果)を出せるのがアルゴリズムの特徴。つまり、この本は『おみやげ算』というアルゴリズムの解説書なのです。

また『おみやげ算』という名称からもポジティブでシンプルなイメージが伝わってきます。「九九」を知っていれば、この『おみやげ算』を小学生から大人まで誰でもすぐに使えます。その意味では、著者?小杉氏の「アルゴリズム」に関する優れた「開発?説明能力」が注目されます。

第2は、読者がマスターしたときの「自己効力感」(Self-efficacy)です。第1の要因にも関係しますが、シンプルな計算方法のため、短時間で一旦習得すればいろいろ使えるので、「自分ならできる」という「自己の可能性」に対する認知状態を高めてくれます。特に、算数に苦手意識やネガティブなイメージを持っている人に対する効果が大きいと考えられます。

つまり、即座に結果が出て、算数の「苦手意識の克服」と「自信」につながるのです。そうした「即効力」のあるプラスの楽しい体験は他人と共有したくなり、親子を通して「クチコミ」(word-of-mouth)にもつながっていきます。大人のビジネスパーソンも、雑談などの「会話のネタ」として使えます。 

書店での「行動観察」によるインサイト「親は子どもが欲しいと言った本をそのまま買う!」

第3は、現場で顧客の行動を冷静に観察し、本のタイトルや装丁に適切に反映した企画?編集方針です。あるインタビューで、この本の担当編集者(ダイヤモンド社)の吉田瑞希氏が、まず書店に通い、参考書コーナーを観察し、実際に親子がどのように参考書を買うのかを観察?研究したと語っています。ちなみに、吉田氏は「書店営業」の仕事を4年間経験しているそうです。

そのとき、子どもが「これ欲しい!」と言って本を差し出し、それに対して母親が特に本の中身を確認せずに「じゃあ、買うね!」と言いながら購入を決定した購買行動に着目したそうです。この行動観察で、吉田氏は、「参考書購入の圧倒的な決定権が子供にあること」を(再)発見したのです。

つまり、実際に書店に足を運んで親子の行動を観察して『インサイト』(洞察)を得た、つまり「本質を見抜いた」ところに、この本の成功要因のひとつがあったと分析できます。

これは、マーケティングで最近注目されている「エスノグラフィ」(行動観察)に近い手法です。「エスノグラフィ」(ethnography)とは、(観察)対象者の日常に密着して入り込み、行動観察やヒアリングなどの手法でインサイトや深層心理を探索するリサーチ手法です。そうした深層心理を新しい商品の企画/開発につなげる手法として、現在、大きな注目を集めています。

では、なぜ、「エスノグラフィ」が注目されているのでしょうか。それは、モノにあふれた現代にあって、アンケート調査で「新たに欲しいモノ」を消費者に尋ねてみても「これが欲しい」という明確な答えが返ってきにくい状況になっているからです。そのため、多くの企業は、消費者に直接回答を求めるのではなく、消費者の普段の行動を観察して、消費者自身も気づいていない心の動きを突き止め、それをヒントにして商品化することを重視しているのです。 

 『小学生がたった1日で』『19×19までかんぺきに暗算』は大人にも強烈なインパクト!

編集プロセスで、吉田氏が得たそのインサイトがタイトルや装丁などで次のように反映されました。購買の意思決定の主体である子どもが、書店でなるべく手に取りやすいように表紙(カバー)や「帯」、タイトル文字の大きさをデザイン。子どもが喜ぶようにカバーに『自慢できちゃう!』『かっこいい!』などの言葉を入れる。

タイトルは、『小学生がたった1日で』『19×19までかんぺきに暗算』というように、内容とその効果を簡単に視認?理解できるように創案。この表紙のデザインとタイトルは、入り口付近の「面陳列」(略して「めんちん」)、つまり、本を棚に立て表紙を見せて陳列する手法で大きな効果を発揮しているそうです。

『小学生がたった1日で』『19×19までかんぺきに暗算』という言葉は、誰が見ても『えっ、それ本当!』と、かなりのインパクトがあります。この『小学生がたった1日で』、つまり「あの苦手な算数が超簡単にマスターできる!」を意味するキャッチコピーは、一種の「認知不協和」(cognitive dissonance)をもたらします。マーケティング/心理学用語の「認知不協和」とは、「自分の持つある認知と他の認知との間で不一致(矛盾)が生じた状態」です。

人間は、認知不協和(矛盾?不一致)がもたらされると、それを不快に感じ、解消するような行動を起こします。この本の場合、『たった1日で』に対する疑問を解消するために、まず、中身を確認する行動に出る人が多いと思います。それは、実際の購買行動につなげるための最初のフェーズ(段階)である「注意喚起」(attention)や「関心」(interest)の点で大きな意味を持っているのです。

いずれにしても、こうした複数の成功要因が積み重なり、現在の大ヒットにつながっていると分析できます

 「ヤバい!」超テク、『おみやげ算』のアルゴリズムとは?

では、この本の説明にもとづき、小杉氏が開発した「ヤバい!」超テク、『おみやげ算』のアルゴリズム(Algorithm:計算手順)を紹介しましょう(下図参照)。

問題???14×16 = □? 

①  問題の「14×16」の右の「16の一の位の『6』」を『おみやげ』として、左の「14」に渡します。すると、(14+6)×(16-6)=20×10、つまり『200』になります。この『200』を頭の片隅に置いておきます。

②  次に、「14の一の位の『4』」と「おみやげの『6』」(16の一の位)をかけあわせ『24』を得ます。 

③  先ほど求めた『200』に『24』を足すと、『224』となり、これが『こたえ』になります。

④  確認すると、14×16=(14+6)×(16-6)+4×6=20×10+24=200+24=224となります。

では、『おみやげ算』の「根拠」を説明しておきましょう。

 (10+x) ×(10+y)       

= 10?10 +10y +10x + xy    

= (10 + x + y) ×10 +xy    <10でまとめる。この場合「y」が「おみやげ」>

 先ほどの例を使うと、x=4、y=6になります。

 14 × 16 = (10+4) × (10+6) 

= (10 + 4 + 6) ×10 + 4 × 6   <← 「6」が「おみやげ」>

= (20 × 10)+ 24 = 200 + 24= 224

?このように子どもから大人まで、楽しく学べ、算数の苦手意識を克服でき、即座に役に立つ『おみやげ算』アルゴリズムの参考書。小杉拓也氏の「力作」に、筆者を含め多くの読者が喝采を送っていると思います。


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